人形町・神田周辺 お稲荷さん巡りスピンオフ 大江戸編

江戸の秋、ちーこと蒼井 大江戸街歩き物語
江戸の秋、ちーこと蒼井

江戸の鬼門を護る藩邸の灯りと、路地裏に息づく人情譚

時は江戸時代初期――寛永の気配が色濃く漂う神田・日本橋の広大な武家地の一角。 まだ高層ビルなど影も形もないこの場所には、天下を治める徳川幕府を支える諸大名の立派な江戸屋敷が幾重にも立ち並んでいた。秋田藩主・佐竹家の広大な藩邸の敷地内、その鬼門にあたる一角に、ひっそりと佇む小さなお社――のちの佐竹稲荷神社の原風景がそこにはあった。

夕暮れの茜色が江戸城の濠の水を黄金色に染め上げる頃、武士の羽織姿に身を包んだ蒼井(当時の姿をした若き日の藩士)と、町娘の装いをしたちーこが、藩邸の裏手に広がる静かな小道を並んで歩いていた。

「……ねえ、蒼井さま。この佐竹藩の大きなお屋敷の鬼門を護るために、この小さな社が建てられてから、武士の人たちも、そしてこの周辺に暮らす町の人たちも、みんなここでそっと手を合わせてきたんだよね」 ちーこが朱色の小さな鳥居の柱を愛おしそうに撫でながら、秋の冷やりとした風にコートの裾をキュッと引き寄せた。

その隣で、鋭く周囲の気配を配りつつも柔らかな目を向けていた蒼井は、携帯していた古い江戸の絵図面を懐にしまい、静かにうなずいた。 「ああ。表通りでは大きなお屋敷や寺社が威容を誇っているが、こうした武家屋敷の鬼門除けとして始まった小さな社や、のちに町民や町火消たちが自分たちの手で守り抜く場所こそが、この江戸の町を底から支えているんだ。大きな城郭や藩邸の権力とは違う、人々の暮らしの温もりがここにはある」

天下泰平の世が形作られていく一方で、大火や災害が起きればたちまち街が焼野原になる江戸の町。その過酷な環境の中で、武士も町人も関係なく、日々の安全と平穏を祈る拠り所となったのが、こうした路地裏のお稲荷さんたちだった。

「大きな戦の勝利や華やかな大名行列のニュースもすごいけれど……こうして日々の暮らしのすぐそばで、小さな社にそっと祈りを捧げるこういう時間こそが、一番心に染みるのかもしれないね」 ちーこがフッと柔らかく微笑みながら小さな木彫りの狐の飾りを取り出すと、蒼井は少し照れくさそうに視線を逸らした。

「……まったくだ。だが、どんなに時代のうねりが激しくても、こうして前を向いて歩いていくしかないからな。行くぞ、ちーこ」 「うん!」

木々の間から差し込む秋の夕暮れの光が、小さな社の屋根とふたりの背中を優しく包み込む。 江戸から東京へと受け継がれていく歴史のレイヤーのなかで、誰も知らない静かなワンシーンの中で、ふたりは確かな絆を胸に、新しい未来へと続く小道へと歩みを進めていくのだった。