寛永寺 根本中堂 大江戸編

江戸の春午前、ちーこと蒼井01 大江戸街歩き物語
江戸の春午前、ちーこと蒼井

激動の時代を越えて―根本中堂の灯火と人々の祈り

時は明治の御代の初め――かつての江戸が東京へと変わり、激動の嵐のなかで街の景色が大きく塗り替えられていこうとしていた頃。 上野の山の北側に位置する寛永寺の境内は、数年前に起きた上野戦争のすさまじい戦火によって甚大な被害を受け、かつての比叡山延暦寺に匹敵した壮大な大伽藍の多くは無残な姿と成り果てていた。

焼け野原となった一角に、ひっそりと、しかし確かな気概を持って建てられたばかりの「根本中堂(旧子院を移築・改築した新たな本堂)」の前に、かすかに疲労の色をにじませながらも力強い眼差しをした一人の男の姿があった。 町民の装いを整えた蒼井である。

「……見事なものだな。周囲がすべて焼け落ち、一時はこの寛永寺の歴史のすべてが途絶えてしまうかと思ったが……こうして旧子院の建物を見事に移築し、再び本堂としての灯りをともすことができた」

蒼井の傍らに寄り添うように立っていたちーこは、新しく組み上げられたばかりの頑丈な木肌や瓦屋根を見上げながら、その瞳に静かな感動を浮かべていた。 「本当に……。東照宮の華やかさや、これまでの開山堂の静けさとはまた違って、この根本中堂には『何度打ち砕かれても絶対に立ち上がるんだ』という、生きていくためのものすごい熱と意志が宿っているわ」

お堂のなかからは、秘仏・薬師如来の御前へと手合わせにやってきた数少ない近隣の住民たちの、切実でありながらも希望に満ちた足音が聞こえてくる。 時代の激変に翻弄され、大切なものを失いながらも、それでも今日を懸命に生き抜こうとする人々の心に、この新しく蘇った根本中堂は温かな光を注ぎ続けていた。

「世の中がどれほど変わり果てようとも、人々の心の拠り所や、誰かの健康と平穏を祈る営みだけは、決して失われることはないんだな」 蒼井がポツリと呟くと、ちーこはふわりと優しい笑みを浮かべ、蒼井の着物の袖をそっと引き寄せた。

「ええ。だからこそ、このお堂は美しいのよ。過去の痛みを乗り越えて、未来へ向かって再び歩き出すための力が、ここには満ちているんだもの」

西の空に傾く太陽が、新しく生まれ変わった根本中堂の屋根を黄金色に照らし出し、長い影を境内へと落としていく。 激動の明治という荒波のなかで、静かに、しかし力強く灯り続けた不屈の聖地の片隅で、ふたりは未来へ向かう確かな温もりをしっかりと手を取り合って確かめ合うのだった。

再生の棟梁と、未来を繋ぐノミの音

時は明治の御代の初め――上野戦争のすさまじい戦火によって焼失した寛永寺の境内を再建するため、日夜を問わず懸命の復興作業が続けられていた頃。 旧子院の建物を移築し、新たな「根本中堂」として蘇らせようとする現場の中心で、一人の頑固な宮大工の棟梁が、鋭い目で新たな柱の仕口をチェックしていた。

「ううむ……これではまだダメだ。上野戦争の傷痕を乗り越えて、再びこの寛永寺を訪れる人々の心の拠り所とするには、もっと強靭で、かつ後世まで揺るがない命の息吹をこの木組みに宿さねばならん……!」

棟梁が力強くノミを握りしめ、次の一撃を加えようと息を整えていると、軽やかな足取りで近づいてくる二つの影があった。 町娘の装いをしたちーこと、少し着崩した羽織姿で涼しげな顔をした蒼井である。

「あら、あんなところで棟梁さんがものすごい気迫で柱を睨みつけているわ」 ちーこが足を止めると、蒼井は腕を組んでその様子を静かに見守った。 「ああ。根本中堂の移築・再建は、単なる建物の修理ではない。幕末の戦火で失われた寛永寺の精神的基盤と、江戸から明治へと移り変わる時代の絶望を希望へと変える、まさに『再生の事業』だからな」

「過去の痛みに負けず、人々の心を癒やす場所を自分の手で取り戻すんだっていう、その気概がこのノミの音にも表れているわね。ねえ、蒼井さま、ちょっと声をかけてみましょう?」 「おい、また勝手に……って、おい、ちーこ!」

制止する間もなく、ちーこはひょいと棟梁の傍らに歩み寄り、その手元をのぞき込んだ。

「まぁ! 見事な木組みですけれど……棟梁さん、もう少しだけ継ぎ目の角度を微かに落として、上からかかる荷重のバランスを分散させてみてはどうかしら? そうすれば、何度どんな激しい嵐が来ようとも、この根本中堂はびくともしない強い骨組みになりますわ」

いきなり背後から専門的な指摘を投げかけられ、棟梁はビクッと大きく手を止め、驚いた顔で振り返った。 しかし、その目で柱の構造を確認した瞬間、彼はハッと目を見開き、大きく手を叩いた。

「おっ、お前さんは……さっきから境内で熱心に建物の再建を見守っていた……!」 シニアの職人らしい頑固そうな顔が、一気に感服の表情へと変わる。 「ふふ、偉そうなことを言ってごめんなさいね。でも、この根本中堂は、これからの東京に生きる人たちの心の拠り所になる一番大切な場所ですもの。ぜひ、未来の世代までずっと愛される、最高の堂宇を造り上げてくださいませ」

棟梁はちーコの言葉に深くうなずき、それからガハハと豪快に笑った。 「なるほど、『未来へ向かう強さと、揺るぎない安心感』か! その見事な助言、この棟梁が責任を持ってこの柱に刻み込んでやろう!」

棟梁が再び力強くノミを振るい始めたのを確認し、ちーこは満足そうに微笑んだ。 その様子を少し離れた場所で見守っていた蒼井は、呆れたような、しかしどこか誇らしげで優しい表情で近づいてくる。

「お前はまったく……明治の復興現場のど真ん中でも、平然と職人の心に火を付けて回るんだな」 「だって、事実ですもの。未来を支える仕事は、いつだって最高の情熱がなきゃ始まらないでしょう?」

すまし顔で答えるちーこを見つめながら、蒼井は小さく息をつき、それからふっと柔らかく目を細めた。 新しく組まれた木々の香りが漂う境内を並んで歩きながら、彼は呟くように言った。

「……まあ、お前がそうやって時代を越えて周囲を明るく照らしてくれるからこそ、俺もこうして前を向いて歩けるんだがな」

「え? 何かおっしゃいました?」 「なんでもない。ほら、すっかり夕方だ。帰るぞ、ちーこ」

蒼井がすっと差し出した実に自然な手に、ちーこはふわりと笑みを咲かせ、自分の手をしっかりと重ね合わせた。 背後では、夕闇に包まれ始めた寛永寺・根本中堂の新しい屋根が、明治の新しい空の下で凛とした気高い輝きを放ち始めていた。