上野大仏 大江戸編 明治維新の激動・大仏の試練と見守るふたり

明治、春、昼、ちーこと蒼井01 大江戸街歩き物語
明治、春、昼、ちーこと蒼井

時は明治の御代の初め、新しい時代の足音が江戸を東京へと変えようとしていた激動の季節。 上野の山一帯は、先日の戊辰戦争における上野戦争の激しい名残をとどめ、黒煙や硝煙の匂いがまだ微かに漂う物騒な空気に包まれていた。

そんな中、上野の山下で小さな雑貨問屋を手伝うちーこは、胸を痛めながら石段を上っていた。 目指すは、かつて江戸の人々の信仰を集め、今や数々の災難で傷ついた「上野大仏」の境内である。

「……あんなに大きくて立派だった大仏様のお体が、先日の戦火やこれまでの地震で……こんな姿になってしまうなんて……」

境内にたどり着いたちーこが、崩れかけた瓦礫の脇にポツンと残された大仏の大きな「お顔」を見上げて、思わず両手で口元を押さえた。胴体部分が失われ、顔面だけになってもなお、どこか慈悲深く穏やかな表情をたたえたその姿は、激動の時代を生きる人々の不安を映し出すかのようだった。

「ちーこ」

背後から掛けられた低い声に振り返ると、そこに立っていたのは、新しい政府のもとで治安維持や巡回にあたる警察官の制服に身を包んだ蒼井その人だった。

「蒼井さま……」 ちーこが潤んだ瞳を向けると、蒼井はゆっくりと歩み寄り、彼女の隣に並んで同じように大仏のお顔を見上げた。その引き締まった顔には、この時代の混乱を一人で背負うような重苦しい決意の色がにじんでいる。

「……見たか。世の中が大きく変わり、この上野の山も戦火で大きく傷ついた。だがな、大仏様は身を削られながらも、こうして前を向いておられる」 「前を向いて……」 「そうだ。どんなに時代が変わろうとも、どんなに大きな試練が降りかかろうとも、大切なものを守るために顔を上げる――俺たちは、この姿から学ぶべきことが多いのかもしれないな」

蒼井の力強い言葉に、ちーこは深く息を吸い込み、それからふっと優しい笑みを浮かべた。 「そうですね……! 形がどう変わろうとも、このお顔が私たちを見守っていてくれるなら、きっとこの新しい東京の街も、また元通りに明るく輝けるはずです」

ちーこが前を向いたその時、境内を冷たい秋風が吹き抜け、ふたりの着物の裾を揺らした。

蒼井はふと表情を和らげると、そっと自分の大きな手を差し出した。 「寒くなってきたな。……行くぞ、ちーこ」 「はい、蒼井さま」

繋ぎ合わせた手の温もりが、激動の時代を生きるふたりの心をしっかりと結びつける。 顔だけになってもなお静かに佇む上野大仏の背後で、新しい時代の夜明けが、少しずつ、しかし確実に動き出していた。