秋晴れの寺町と、未来へ繋ぐ小さな鈴の音
江戸の初期、慶長・元和の夕暮れに西念寺の境内や四谷の街道で人々の祈りを見守っていた静かなお堂から時は流れ――。季節はふたたび、まばゆい黄金色の秋晴れの日に戻っていた。
新宿区若葉の閑静な寺町を縫うように歩く足の先、赤褐色の山門が美しい西念寺の境内の一角で、町娘の装いをしたちーこは、何百年もの間この街の移り変わりを見守ってきた古い石碑にそっと手を触れ、秋風に揺れてハラハラと舞い散る銀杏の葉を嬉しそうに見上げていた。
「ねえ、蒼井さん。あのとき服部半蔵さまが主君への忠義や深い哀悼の念を込めて建てたこのお寺は、時代が変わって周りに新しい建物が建っても、こうして変わらずに私たちの心に温かい灯りをともしてくれているんだね」 ちーこが手にした小さな和栗の包みをくるくると回しながら微笑むと、少し離れた場所で腕を組んでいた蒼井は、その楽しげな横顔を眺めながら静かに頷いた。
喧騒から離れた寺町の一角で、蒼井は穏やかなトーンで言葉を継ぐ。 「ああ。武家社会の厳しさと、伊賀の忍者として過酷な宿命を背負った男たちが交錯するこの四谷の街は、いつの時代も人々の強い絆と祈りで守られてきた。大きな城郭や華やかな歴史の裏側で、こうした寺院が宿す歴史の原点は、変わらずに私たちの足元を支え続けているんだよ」
「さすが、歴史を見つめてきたプロの視点ですね。……あ、ちょっと待ってて、蒼井さん!」 ちーこが突然、軽やかな足取りで近くの小さな雑貨店や露店のほうへと小走りで向かった。
「おい、また勝手にどこへ……って、おい、ちーこ!」 制止する間もなく、ちーこは店主と楽しげに何やら話し込み、しばらくすると満足そうな笑みを浮かべて戻ってきた。その後ろ手には、何かを隠すように小さく背筋を伸ばしている。
「な、なんだよ急に」 「はい、これ! 四谷の赤褐色の山門と、秋の青空をモチーフにした、今日だけの特別なおすそわけです!」
ちーこが差し出した手のひらの上には、コロンと可愛らしい、服部半蔵の家紋(三つ柏)と黄金色の銀杏をデザインした真鍮製の特製チャームが乗っている。振ると、秋風のなかに鈴のような澄んだ心地よい音が静かな境内に響く。
「……俺に?」 「当たり前じゃないですか。こうして一緒に四谷の寺町を巡って、武士と忍者の歴史のレイヤーを見て……一番の思い出を分けてあげたいのは、隣にいるあなたですもの」
まっすぐに向けられた透き通るような瞳と、照れくさそうにはにかむ笑顔に、蒼井は胸を突かれたような衝撃を受けた。言葉を失いながらも、彼はゆっくりとそのチャームを受け取り、自分の胸ポケットへと大切にしまった。
「……まったく、お前はいつだって俺の予想の斜め上をいくサプライズをしてくれるな」 「ふふっ、喜んでもらえて何よりです!」
ちーこが満足げにふわりと笑うと、西念寺の赤褐色の山門と、秋の柔らかな木漏れ日が、ふたりの姿を優しく包み込んだ。 江戸から東京へと受け継がれていく歴史の温もりと、自分たちだけの確かな絆を胸に刻みながら、ふたりは並んで静かな寺町をあとにするのであった。

