麻布氷川神社・長編ストーリー【チーコと蒼井編】

麻布氷川神社、ちーこと蒼井 long_novels(長編)
麻布氷川神社、ちーこと蒼井

第七章 二体の狛犬

夕方。

参拝者が少なくなった境内。

光が柔らかくなり、向き合う狛犬の影が長く伸びていた。

「朝と全然違う」

チーコは何枚も撮る。

「どっちがいい」

「どっちも」

「写真家らしくない答えだな」

「写真は一枚しか選んじゃいけないわけじゃない」

蒼井は狛犬の間に立った。

「そこ、いい」

「何が」

「動かないで」

「また俺か」

「今日は人物入れたい」

「取材対象ではない」

「ストーリーの空気」

蒼井は仕方なくその場に立つ。

チーコはファインダーを覗いた。

向き合う狛犬。

真ん中に蒼井。

でも少し片側に寄せる。

もう片側。

空いている。

「チーコ」

「何?」

「自分も入ればいい」

カメラから顔を離す。

「え?」

「三脚あるだろう」

「二人で?」

「タイトルが向き合う勇気なら、撮影者だけ逃げるのは変だ」

「私は逃げてない」

「いつもカメラの後ろにいる」

「それが仕事」

「今日は作品の記録でもある」

蒼井は三脚を立てた。

セルフタイマー。

チーコは少し迷ったが、蒼井の隣へ立った。

「どうする?」

「普通でいい」

「普通って?」

「並ぶ」

二人は並んだ。

左右には向き合う狛犬。

「狛犬は向き合ってるのに、私たちは前向くの?」

「カメラが前だからな」

「じゃあ」

チーコは少しだけ蒼井のほうへ顔を向けた。

「こう?」

蒼井も見る。

一瞬。

互いの目が合う。

シャッター。

チーコが慌てて前を向く。

もう一枚。

撮影終了。

「確認する?」

「あとでいい」

「珍しい」

「あとで!」

顔が熱い。

蒼井は何も言わなかった。

ただ少し笑っていた。